ポイント

  1. 要介護度改善が見込めない事業所にディスインセンティブの可能性
  2. 介護の本質であるQOL向上が無視される懸念も
  3. 政府は財源問題と要介護度改善は別次元で考える必要がある

安倍首相が2016年11月の未来投資会議にて「本人が望む限り、介護が要らない状態までの回復をできる限り目指していきます。」と明言した通り、今後の介護保険のポイントは「自立支援」になっていくと思われます。
これは増え続ける介護給付費を抑制するための政策であり、具体的には要介護度を下げることに努めた施設へはインセンティブを、そうでない施設にはディスインセンティブを考慮するというものでした。

これに対し、全国老人福祉施設協議会は「要介護度を自立支援と結びつけること」が虐待にあたるかもしれないとの意見書を厚生労働省に提出しました。
いわゆる「自立支援介護」について(意見) – 全国老人福祉施設協議会

今一度、介護の本質と介護保険制度について考え直さなければならない時が来ているのかもしれません。

介護は決して「食事、入浴、排せつのお世話をすること」ではない

介護の一般的なイメージは「食事、入浴、排せつのお世話をすること」というものであり、業界をよく知らない人からすれば、要介護状態になった利用者の身の回りの世話をすることだけに目がいきがちです。

未来投資会議においても「これまでの介護は、目の前の高齢者ができないことをお世話することが中心」で、「結果、現場の労働環境も大変厳しいもの」であったという前提のもとに、これからの介護は自立支援を軸にしていく事が語られました。

本来、介護の本質は利用者の尊厳を守ったうえでのQOL(生活の質)向上にあります。
身の回りの世話をすることはQOL向上を目的としたうえでの手段であり、それ自体が目的ではないということは、利用者本人、施設、政府にとって共通の認識であると言えるでしょう。

要介護度が下がることがQOL向上とは限らない

今回問題視されているのは、政府が「要介護度の改善」と「自立支援」を単純に紐づけてしまったことです。
利用者の要介護度を下げることができた施設にはインセンティブが発生し、そういった取り組みを行わなかった施設にはディスインセンティブ、つまり介護報酬の引き下げも検討されるということでした。

これはすなわち、介護の本質であるQOL向上を「要介護度の改善」と結び付けていることになります。

しかし、QOLというのは第三者が決めることではなく本人が感じることであるはずです。
利用者本人が要介護度を下げることに意欲的でなければ、積極的なリハビリなども苦痛でしかなく、はたしてQOLが高まったと言えるのかは疑問です。

全国老人福祉施設協議会が警鐘を鳴らしているのはまさにこう言った部分で、本人が望まないリハビリを施設がインセンティブ目当てにやってしまうようになれば、これは虐待になるのではないかということ。

実際に重度の介護状態になった時にどうなればQOLが高まるのかは、本人にしかわからない問題です。
周りが勝手に「動けるようになることが利用者にとっても嬉しいこと」と決めてしまうのはやはりおかしいような気がします。

ディスインセンティブが問題

単純に、要介護度を下げる取り組みをしている施設が評価され、インセンティブが発生するというだけなら、事業所も前向きに頑張るだけだったかもしれません。
問題はそういった取り組みを行わない事業所へのディスインセンティブが検討されていることです。

介護報酬を下げられてしまっては事業所も運営していけなくなる可能性が高まります。
そうならないように、無理矢理にでも要介護度の改善に努める施設が出てくるかもしれません。

もし、本人が望まない「要介護度の改善」を無理矢理に行うのであれば、場合によっては虐待に繋がるのではないか、ということです。

高齢者の受け入れ先がなくなる懸念も

問題はこれだけではありません。
もし利用者の要介護度が下がらなければ介護報酬が引き下げられるのであれば、要介護度改善が見込めない高齢者の受け入れ先がなくなることを意味しています。

要介護度改善は要介護度が低い人ほど達成しやすいものです。
特に、特養に入居する要介護度3以上の高齢者は多くが80歳以上であり、身体が衰えていくのは仕方のないことで、施設内で要介護度が上がることも普通です。

要介護度が低い人をたくさん抱える方が、要介護度が高い人を抱えるよりもお金になるのであれば、施設運営者なら前者を受け入れたいと願ってしまうものでしょう。

ただし、逆に利用者のQOLばかりに目が行ってしまうと、今度は現実問題としての介護保険の財源問題が解決できない恐れもあります。
政府は財源確保と要介護度改善、自立支援は別の次元で考える必要があるのかもしれません。